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福岡地方裁判所小倉支部 昭和44年(ワ)755号 判決 1971年2月16日

原告

宮崎哲美

外一名

代理人

三浦久

外五名

被告

木村建設工業株式会社

代理人

河野春馬

被告

北九州市

代理人

松永初平

外二名

主文

被告らは、各自、原告らに対しそれぞれ金一五四万一、〇三六円および、うち金一三九万一、〇三六円に対する昭和四四年四月二四日から支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

原告らのその余の請求を棄却する。訴訟費用は、これを三分し、その二を原告らの負担とし、その余を被告らの負担とする。

この判決は、各原告において被告らに対し各金五〇万円の担保を供するときは、それぞれその被告に対し仮に執行することができる。

事実

第一、当事者の求める裁判

一、原告ら

(一)  被告らは、各自、原告らに対しそれぞれ金五五七万七、九〇〇円およびこれに対する昭和四四年四月二四日から支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

(二)  訴訟費用は、被告らの負担とする

(三)  仮執行の宣言。

二、被告ら

(一)  原告らの請求を棄却する。

(二)  訴訟費用は、原告らの負担とする。

第二、請求の原因

一、事故の発生

原告らの長男訴外宮崎信幸(当時六歳、永犬丸小学校一年生)は、昭和四四年四月二三日午後二時ごろ、北九州市八幡区永犬丸西町所在水道管敷設工事現場付近で遊んでいた際、右工事現場の水溜りに落ちて溺死した。

二、被告木村建設の責任

前記水道管敷設工事は、被告北九州市が計画・発注し、中間市の遠賀川伊佐座取水場から北九州市八幡区穴生浄水場へ導水管を敷設するもので、これを六工区に分け、被告木村建設は本件事故現場を含む第三工区を被告北九州市から請負つた。その工事内容は、敷設路線の土地を幅員約三メートル、深さ約三メートルに掘り、その中に直径1.35メートルの鋼管を吊込んで敷設し、その跡へ再び土を埋めて整地するというものである。

ところで、本件事故現場付近の工事は、すでに事故発生の約一カ月前に鋼管の敷設が終つていたが、それ以後工事跡へ土を入れていなかつた。そのため工事跡は巨大な穴となつており、その穴は、その後の降雨によりほぼ地面と同じ高さまで泥水がたまり、その水深は、鋼管の上端からでも約一メートル、深いところでは約二メートルに達していて、万一児童が転落した場合には水死するに至るほど危険な状態であつた。また、本件事故現場は、約八〇メートル離れたところに市営住宅街に通じる県道から数メートル入つた地点である。そのため現場は、工事の始まる以前から付近の児童の遊び場になつており、工事が始まつてからも、好奇心の強い児童らがよく出入りして遊んでいた。しかも、本件事故の一週間前に、訴外川浪功一(当時六歳)が本件現場の穴に転落した事件が発生し、被告らは、危険性が現実化したことを十分知つていた。

かような穴の規模、周囲の環境、過去の事件などを総合すれば、本件現場の穴の周囲または入口部分に、現実に児童の侵入を阻止しうるに足りる柵やロープを設け、付近の人家に危険防止を周知徹底せしめ、そうでない場合には監視員をおくなどの人的、物的な危険防止設備を講ずることが客観的にみて必要であつた。しかるに本件事故現場の穴についてはこのような危険防止設備が設けられていなかつたのである。

以上を要するに、本件事故現場の穴は明らかに民法第七一七条一項にいう「土地の工作物」に該当し、右工作物の保存に「瑕疵」があつたというべきである。そして本件事故はこのような瑕疵により生じたものである。

しかして、被告木村建設は、本件事故当時は、既に鉄管の吊込みを終え、訴外旧八幡製鉄株式会社の行うレントゲン検査等が終り次第用地を埋戻す段取りになつていたから、未だ被告北九州市に引渡しを完了しておらず、本件事故現場を事実上支配していたものであつて、本件事故現場の占有者である。

よつて被告木村建設は、民法第七一七条一項本文の責任を負う

三、被告北九州市の責任

(一)  民法第七一七条一項の責任

本件事故現場の穴が、「土地の工作物」で、その工作物に保存の「瑕疵」があつたこと、その「瑕疵」と事故との間に因果関係があることは、いずれも前記被告木村建設の責任の項で主張したとおりである。

さらに、被告北九州市は、本件事故現場(土地の工作物)を占有していた。すなわち、本件工事に関する工事監督員に任命された楠根益徳は、「北九州市水道局工事施工規程」に定められた指揮、監督、検査、立会の権限を有していて、そ権限を行使するために毎日あるいは一カ月に数回本件工事現場を含む工区全体を見廻つていた。また、被告北九州市は本件工事現場に、被告木村建設と連名で、水道管埋設工事を実施中である旨の看板を立てていた。したがつて、被告北九州市は、本件工事現場を含む工区全体を自己のためにする意思をもつて事実上支配したといえる。そして、その形態は、直接占有であり、被告木村建設と共同して占有していたものである。仮に、そうでないとしても、被告北九州市は、被告木村建設を通じて、本件事故現場を間接的に占有していたといえる。間接占有者であつても、前記の工事施行規程によつて、被告北九州市は、工事の状況が第三者に損害を与えるおそれのあるときは、必要な措置を講ずる権限と義務があり、それによつて損害の発生を防止しうる関係にある者といえるから、このような間接占有者にも、民法第七一七条一項本文の占有者の責任を負わしめるのが妥当である。

(二) 民法第七一五条一項の責任

仮に、被告北九州市が直接にも間接にも本件工作物の占有者でないとしても、被告北九州市は、その事業のために、被告木村建設を使用していた者である。すなわち、元来請負においては、注文者は請負人の不法行為について責任を負わないのが原則であるが、本件においては、前記北九州市水道局工事施行規程により、被告北九州市は、被告木村建設に対して強力な指揮監督権限を有しており、また、不適当な工事業者については指定工事人の登録更新の際に更新しないようにして、市の指定工事人から排除することもできるので、被告木村建設は、独立の地位を有しているとは見られずむしろ事実上被告北九州市に対して被用者と同様な従属的地位にあつた。したがつて被告北九州市は、その計画した水道管敷設工事という公共事業のために、被告木村建設を「使用」していたといえ、本件事故は被告北九州市の事業の執行につき発生したものである。

ところで、本件事故当時は、前記のとおり数日来の降雨のため工事現場の巨大な穴に泥水が溜り、かつ付近は住宅が密集し、子供が現場付近で遊ぶこともあつたうえ、本件事故の約一週間前に、訴外川浪功一が本件工事現場に転落したこともあつたので、被告木村建設は、工事の施行方法に関する業務上の注意義務として工事現場にロープ、柵など防護設備を設ける義務があつた。

しかるにこれを怠り、その結果本件事故が発生した。したがつて、被告北九州市は、被用者である被告木村建設の不法行為につき、民法第七一五条により使用者として責任を負う。

(三)  民法第七一六条但書(または同法第七〇九条)の責任

仮に被告北九州市が、被告木村建設の使用者でないとしても、被告北九州市は民法第七一六条但書の責任がある。

被告北九州市は、本件工事を被告木村建設に注文する際、本件事故現場付近は人家に近い場所であり、工事現場の穴の規模からみて、児童が転落するなどの事故が発生するおそれがあることが予見できたはずである。しかるに、被告北九州市は、注文に際し、本件事故現場付込の工事の施行にあたつて十分な防護設備を設けることを指示しなかつた。これは注文につき過失があつたというべきである。

また、被告北九州市は、本件事故の直前に、現場の穴に泥水が溜り、危険な状態になつていたことを知つていた。このような場合には、前記工事施行規程にもとづき事故防止のために自ら防護設備を設けるか、または被告木村建設をして、防護設備を設けるよう指図し、かつそれが確実に実行されるように監督する等必要な措置を講じなければならなかつた。しかるに被告北九州市の工事監督員楠根益徳は、事故当日の午前中、被告木村建設の現場監督者である高村誠に対し、単に、「ロープかなんか張るように」告げただけで、具体的にどの部分にどのような形で防護方法を講ずべきかの具体的な指示を欠いたのみならず、その後の実施の状況も監督していないから、指図につき過失があつたというべきであり、本件事故は、右の注文または指図につき過失があり、それによつて発生したものである。したがつて、被告北九州市は民法第七一六条但書または同法第七〇九条によつて責任を負う。

四  国家賠償法第一条第一項の責任

訴外楠根益徳は、被告北九州市の水道局職員であり、同被告の実施する公益事業の一つである本件水道管敷設工事につき、同被告の工事監督員として、工事施行規程に定められた指揮監督の権限を有し、かつこれを行使していた。したがつて、同人は被告北九州市の公権力の行使にあたる公務員である。

ところで、訴外楠根は、工事監督員として、前記規程第二六条により、「天災その他の理由により工事に異状を生じ、または第三者に損害をあたえ、もしくはこれらのおそれがある場合は、すみやかに必要の措置を講ずるとともに工事主管課長に報告し、その対策について指示を受けなければならない。」義務がある。そして、既述のとおり、本件事故直前の状況は、まさに右の規程にいう「第三者に損害を与えるおそれがある」場合に該当していた。したがつて楠根はすみやかに現場に行き、自らまたは被告木村建設をして、柵、ロープを設置するか、見張りを立てるかして、排水作業を行うように措置を講ずべきであつた。

しかるに、訴外楠根は、本件事故当日の午前一〇時頃、被告木村建設の現場監督高村誠に「あぶないんじやないか。」ときき、同人から「ボンプを入れてやつていますから安心して下さい。」と言われてそれ以上気にもとめず、それがどのような方法でどの程度実行されているか確認せず、現場にも行かなかつた。すでに川浪功一の転落事故の発生があつたことから考えて、右のような楠根の態度は、必要な措置を講じたとはいえず、この点楠根に過失があつた。本件事故は、楠根が前記のような十分な措置を講じていれば、未然に防止できたはずである。

よつて、本件事故は、被告北九州市の公権力の行使にあたる公務員がその職務を行うについて過失により違法に損害を生ぜしめたといえるから、被告北九州市は国家賠償法第一条第一項により責任を負うべきである。

四、損害

(一)  訴外信幸の逸失利益

訴外信幸は事故当時満六歳二カ月(昭和三八年二月二四日生)の男子で、その平均余命は六二歳以上であり、満六八歳余になるまで存命し、その間少くとも満一八歳から満六二歳までの四五年間何らかの職業について収入をあげえたはずである。そして、同人が死亡した時に近い昭和四二年四月当時の全産業一〇人以上の労働者を使用する事業所に勤務する男子労働者の全国平均月額賃金および平均年間賞与の額を各年令帯毎に合計し、これを各年令帯の最終年度に受け取るものとして、ホフマン式計算法により現価にひき直すと別表1のとおり合計金一、一二五万九、六〇〇円となる。右の合計金額のうちから、右全期間を通じて同人の平均生活費を収入の四割とみれば、結局金六七五万五、八〇〇円が同人の逸失利益となる。

原告らは信幸の相続人として、右逸失利益を各二分の一ずつ相続した(各々金三三七万七、九〇〇円ずつ)。

(二)  原告らの慰藉料

原告らは、長女則子(八才)長男信幸(六才)の親子四人家族で、信幸は、事故直前の四月八日に永大丸小学校に入学したばかりの元気盛りの子供で、原告らもその将来を楽しみにしていた矢先であつた。しかし突然襲つた本件事故は、一家を悲嘆のどん底に陥れた。原告カツは信幸の死のショックで錯乱状態に陥つて卒倒し、その後病に臥してしまつた。そして、原告らは信幸が手にしつかりと泥をにぎつたままでいた姿が脳裡に焼きついて離れず、胸をかきむしられるような気持に襲われている。

また、本件事故の一週間前に川浪功一の同種の事故があつたのであるから、その時被告らが万全の防護策を講じていればこんな事にはならなかつた筈である。しかるに、被告木村建設は、度重なる無策によつて生じた事故であるにもかかわらず、葬式初七日に型どおりの見舞いに来たのみで、示談の交渉等それ以上誠意をもつて原告らの苦痛を慰藉する態度に出ず、それでも川に落ちたと思えばまだましだといわんばかりの態度をとつている。

そのため原告らはやむなく本訴提起に及んだのであるが、右のような原告らの蒙つた精神的損害は、仮にこれを金銭に見積るとすれば、少くとも各金二〇〇万円を下らない。

(三)  弁護士費用

原告らは、被告らの前記のような態度によつてやむなく本訴に及んだが、原告ら訴訟代理人弁護士六名を代理人に依頼し、日本弁護士連合会の定めた報酬規程の範囲内で報酬を支払う契約をなした。そして、本件事案においては、原告らにつき、各金二〇万円が弁護士費用として相当である。

五、よつて、原告らは、被告らに対し各自それぞれ金五五七万七、九〇〇円およびこれに対する不法行為発生の翌日である昭和四四年四月二四日から支払済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

第三、請求原因に対する被告木村建設の答弁

一、請求原因一の事実は認める。

二、同二の事実中、被告木村建設が被告北九州市との間に原告ら主張の内容の請負契約を締結したこと、被告木村建設が本件事故現場を原告主張のとおり占有していたことは認めるが、その余の事実は否認する。

本件事故現場は、市道から約二〇メートル距つた湿地で、工事用地の両側の民有地には高さ一メートルを越える雑草が生茂つており、付近の子供の遊び場ではなく、工事関係者以外の立入は禁じられていた。

本件事故現場付近の工事着手前、被告らは、原告住居付近の住宅団地内の各戸に回覧板をもつて子供が工事区域内に立入ることは禁止する旨を通告し、かつこれに協力してくれるよう依頼して事故防止に努めた。そして、工事着工後、被告らは、現場付近に立札をしたり、黄と黒とのロープを工事場の周囲に上下二本張つておいた。

本件事故現場は、当時湿潤な土地で、土砂を掘れば地下水が滲出する状況であつたばかりでなく、三月、四月は平年でも雨の多い時期であるが、本件事故の前々日には27.6粍の降雨があり、その五日前即ち三月一六日には一時間31.2耗という豪雨が降つたので、現場の溜水が多量となり、付近の溝も殆ど満水に近く、従来の一〇〇ボルト水中ポンプ一台の稼働では容易に減水の効果が得られなかつたので、さらにポンプを購入すべく、現場の係員が現場をはなれた間に、信幸が溜水に落込んだのである。

同四の事実は争う。

第四、請求原因に対する被告北九州市の答弁

一、請求原因一の事実は認める。

二、同三の(一)の事実中、被告木村建設が被告北九州市との間に原告ら主張の内容の請負契約を締結したことは認めるが、本件事故現場の穴が「土地の工作物」であるとの原告らの主張および被告北九州市がこれを占有していることは否認し、その余の事実は不知。

「土地の工作物」とは、土地に接着して人工的作業を加えることによつて成立した物であつて、土地そのものではない。本件事故現場の穴は、水道管敷設のための一工程であつて、穴そのものが施設でも工作物でもないから、「土地の工作物」には当らない。

また、被告北九州市は被告木村建設に本件水道管敷設工事を請負わせ、被告木村建設においてその工事施工中であるから、被告北九州市には直接にも間接にも本件工事現場の占有関係はない。もつとも、工事の施工については、北九州市水道局工事施行規程に基づいて、工事の進行ないし監督を行うのであるが、同規程に定められた現場監督員は、工事が設計書、仕様書、契約書に定められたとおり、正確に施工されているかどうかを監視するのが主たる任務であつて、請負人の施工が設計書、仕様書等に違背する場合、その違背を是正させるだけであるから、このことをもつて、ただちに被告北九州市に工作物の占有関係を肯定することはできない。

また、工事現場に被告北九州市が被告木村建設との連名で「水道管埋設工事を実施中」である旨記載した看板を立てていたことは争いないが、そのことによつて、被告北九州市に工事現場の占有関係が生ずるものとはいい難い。

同三の(二)の事実中、被告北九州市が被告木村建設の使用者であるとの主張は否認する。

被告木村建設は被告北九州市から本件水道管敷設工事を請負つた請負業者であつて、請負契約の相手方であり、全く利害相反する立場に立つものである。それ故、被告木村建設が被告北九州市から水道管敷設工事の施工を請負い、前記施行規程の定める監督を受けるからといつて、被告北九州市に対し従属関係に立つ被用者ということはできない。また、被告北九州市は年一回行う指定業者の登録替によつて、請負人に経済的強制を加えるものでもない。故に被告北九州市に民法第七一五条一項の使用者責任があるとすることはできない。

同三のの(三)の主張も否認する。

民法第七一六条但書の責任は、注文者のなした仕事の注文または仕事について指図した場合に、その注文または指図が原因となつて第三者に損害を加え、しかもそのことが注文者の過失に基くとき、注文者は損害の賠償をなすべき趣旨の規定であつて、その他の場合に責を負う趣旨の規定ではない。本件事故は被告北九州市が注文した工事の設計書、仕様書等の不備のために生じた事故ではなく、また仕事のやり方を被告北九州市が指図し、その指図のために生じた事故でもないことは明白であるから、被告北九州市が民法第七一六条但書の責を負ういわれはない。

同三の(四)の主張を否認する。被告北九州市の職員が請負契約上の監督を行うことは、公権力の行使にあたらない。また、北九州市水道局工事施行規程に定められた現場監督員の権限は、工事が設計書、仕様書、契約書に定められたとおり、正確に施行されているかどうかを監視するのが主たる任務であつて、本件事故の当日も工事の現場に雨水による水溜りを生じていたので、危険防止の方法を怠らぬよう、木村建設の工事代理人高村誠に注意し、溜水の排水を急速に行うよう指示し、事故発生の防止につとめているので、右現場監督員たる職員に過失はない。

三、同四の事実は争う。

第五、被告らの抗弁

仮りに、被告らに損害賠償責任ありとしても、損害発生につき被告者側にも過失があつたから、これを斟酌して損害賠償額を定めるべきである。

本件事故現場付近の土地は、湿地で、土砂を掘れば平素でも水が溜り易いこと、事故の前々日に多量の雨が降つたこと、本件事故現場は工事中で、工事関係者以外の者は立入るべきでなく、またみだりに立入つてもいなかつたこと、原告の居住住宅団地には子供の遊び場が特設されていること、本件事故の数日前に、信幸と同年の少年が水溜に落ちた事実を、原告や信幸も知つていたことなどからして、信幸も水溜りに接近したときは水溜りに落ち込まぬよう注意するのが普通であり、親権者たる原告らは信幸の監護に留意し、このような危険な工事現場に立入らせないよう、また信幸の身体生命に危険のないよう指導監督する義務があるにも拘らず、原告らはその義務を尽さず信幸を放置していた。そのため、信幸は工事現場に侵入して水溜りに落込んで結局死亡したのである。したがつて、仮に被告らに損害賠償責任があるとしても、賠償額の算定にあたつては、信幸本人および原告らの過失が相当高度に斟酌されるべきである。

第六、被告らの抗弁に対する原告らの認否

被告らの過失相殺の抗弁は否認する。仮に、信幸ないし原告らに過失ありとしても、本件事故の約一週間前に本件と同種の事故がありながら、その後も住家に危険を周知させたり、現場に安全設備を設けるなどの措置を講ぜず放任した責任は重大であり、斟酌する必要がない。

第七、証拠関係<略>

理由

一事故の発生

原告らの長男訴外宮崎信幸(当時六歳、永犬丸小学校一年生)が、昭和四四年四月二三日午後二時ごろ、北九州市八幡区永犬丸西町所在水道管敷設工事現場付近で遊んでいた際、右工事現場の水溜りに落ちて溺死したことは、当事者間に争いがない。

二被告らの責任

(一)  前記水道管敷設工事が、被告北九州市において計画発注する事業で、中間市の遠賀川伊佐座取水場から北九州市八幡区穴生浄水場へ導水管を敷設する工事であつて、これを六工区に分け、被告木村建設が本件事故現場を含む第三工区を被告北九州市から請負つたこと、その工事内容が、敷設路線の土地を幅員約三メートル、深さ約三メートルに掘削し、その中に直径1.35メートルの鋼管を吊込んで敷設し、その跡へ再び土を埋めて整地するというものであることは、当事者間に争いがない。

(二)  <証拠>によれば、被告木村建設は、昭和四三年一二月二八日ごろ前記請負にかかる第三工区の工事に着工し、昭和四四年一月中旬ごろから水道管敷設路線の土地の掘削を開始し、同年二月下旬ごろまでには右掘削および鋼管を吊込んで敷設する工事を終了し、このあと訴外旧八幡製鉄株式会社が行う水道管の熔接、レントゲン検査、塗装が終り次第、用地を埋戻す段取りになつていたこと、したがつて、本件事故現場は、その後本件事故当時に至るまで、前記請負契約に即して掘削された幅員および深さとも約三メートルの巨大な穴に直径1.35メートルの鋼管が吊込まれた状態におかれていたことが認められ、右認定に反する証拠はない。

しかして、民法第七一七条一項にいわゆる「土地の工作物」とは、一般に土地に人工を加えて作出した物を広く含んでいると解せられるから、本件事故現場の右の巨大な穴も土地工作物に該当するものということができる。

(三)  <証拠>を総合すると、本件事故現場は、北九州市八幡区市営住宅永犬丸(西町)団地の東側を南北に通ずる市道とこれとほぼ直角に交差して東西に通ずる水道管敷設路線との交差点付近の右水道管敷設路線内であること、本件事故現場付近には背の高さ一メートルを越す雑草が生茂つていたが、前記掘削した後の穴の両側には草のない平坦な部分があつたこと、また、右穴の両側は、掘削された泥土がつみあげられたが、一部は他所に運び去られ、必ずしも人の通行を妨げる程度に軟弱な状態であるとはいえないこと、したがつて、本件事故現場付近は、水道管敷設路線に沿つて付近の住民が近道に通路として利用していたこともあり、また、子供がそこで遊んでいたこともあり、現に被告木村建設の主任技術者高村誠は現場に入りこんだ子供に注意しており、また、被告北九州市水道局工事監督員楠根益徳は本件事故当日右穴の満水状態を見て右高村に対し子供が近寄ると危険である旨告げていること、本件事故の約一週間前に、現場付近の訴外川浪功一(当時六歳)が本件事故現場の穴に転落するという事件が発生しており、このことは被告らもそれぞれ川浪家に見舞に行くなどしてもとより十分承知していたこと、そして、本件事故の二日前には多量の降雨があつて、本件事故現場の穴は満水状態になつたことがそれぞれ認められ、右認定を覆えすに足る証拠はない。

右事実によれば、本件事故現場の穴が深い所で三メートルにも達する巨大なものであり、しかも事故前の降雨で満水状態となつていたのであるから、付近の子供達がこれに近づいて滑り落ちる危険性が十分にあつた。したがつて、土地の工作物たる本件事故現場の穴には、このような危険を防止する人的、物的な設備が客観的に必要であり、これを欠くことは、右工作物の設置または保存に瑕疵があるものと解せられる。

ところで、前掲各証拠を綜合すると、被告木村建設は、本件事故現場から約二〇〇メートル離れた導水管敷設工事現場詰所に係員四、五名を常駐させ、被告北九州市は約四キロメートル離れた水道局建設事務所に本件第三工区の工事監督員楠根益徳を常駐させていたこと、被告木村建設は、本件工事着手前に本件工事とそれによる危険防止に対する協力方を依頼した文書を地元民の回覧に付したが、右文書は一通だけであり、必ずしも地元民に徹底していなかつたこと、被告らは昭和四四年一月下旬ごろ、被告北九州市水道局の主催で地元民との会合を持つたが、右会合はもつぱら本件水道管敷地路線部分の土地およびその隣接土地の所有者との用地買収、借地に伴う顔合せ会であつて、本件工事による危険防止の趣旨を徹底させるための会合ではなかつたこと、被告木村建設は、本件工事現場に工事関係者以外の者の立入を禁止したが、その旨看板を設け、また市道から水道管敷設路線に入る部分にロープを二重に張つたのみで、その他柵など子供の立入を防止する十分な措置を講じていなかつたこと、しかも、事故当日は午前中から本件事故現場の穴近くの弁室の埋戻工事にとりかかつており、車の出入りのため右ロープは土中に垂れさがり、子供の立入防止の設備たる用を果していなかつたこと、また、被告木村建設は、本件事故現場の穴にたまつた雨水をポンプで排水する作業にもとりかかつていたが、殆んど穴のたまり水は減少しなかつたことがそれぞれ認められ、右認定を覆すに足る証拠はない。そうすると、被告らに本件事故現場の穴につき、その危険性を認識してある程度の危険防止の措置を講じていたことは認められるが、それ自体極めて不十分で、危険を防止するために客観的に必要とされる人的、物的な危険防止の設備はなおこれを欠いていたものと言わざるをえず、土地の工作物たる穴の設置または保存につき瑕疵があつたというべきである。

しかして、前記認定の本件事故の態様に照らせば、本件事故は、このような瑕疵に起因して発生したことが明らかである。

四(1) 被告木村建設が、前記のとおり本件事故当時は既に鉄管の吊込みを終え、訴外旧八幡製鉄株式会社の行うレントゲン検査等が終り次第用地を埋戻す段取りになつていたから、本件事故現場を事実上支配し、占有していたことは、原告らと被告木村建設との間で争いがない。

(2) <証拠>によれば、本件事故現場を含む水道管敷設路線の用地は、被告北九州市の所有地であつたことが認められ、したがつて、被告北九州市は本件水道管敷設工事の着工前は右用地を事実上占有保管してきたと推認されるところ、<証拠>によれば、被告ら間の前記請負契約は、被告木村建設が右用地に水道管埋設の工事を完成することを請負うものであつて、右契約に基づく本件水道管敷設工事において同被告が右用地を排他的に占有することは必ずしもその内容となつていないことが認められるから、被告木村建設の請負つた右工事によりただちに被告北九州市の右占有が排除されることとはならない。そして、<証拠>によれば、被告北九州市が被告木村建設に請負わせた本件水道管敷設工事は、「北九州市水道局工事施工規程「(丙第一号証)に則り施行されるべきところ、同規程によれば、被告北九州市は工事施行のため工事ごとに設計担当員、事務担当員、工事監督等の工事係員をおき、そのうちの工事監督員に現場監督その他当該工事の実施に関する事項を担任させ、なお、工事係員は相互に緊密なる連絡をとり、工事が完全に実施できるよう努めなければならないこと(第六条)、工事監督員は、工事の実施に関連して生ずる第三者との関係に注意し、工事の阻害とならぬようにしなければならないこと(第二一条)、工事監督員は、請負人をして工事施行中は工事現場に常駐させ、工事実施について諸般の指揮にあたらせなければならないこと(第二三条)、工事監督員は、天災その他の理由により工事に異状を生じ、または第三者に損害をあたえ、もしくはこれらのおそれがある場合は、すみやかに必要な措置を講ずるとともに工事主管課長に報告し、その対策について指示を受けなければならないこと(第二六条)、工事監督員は、請負人に設計書、契約書および工程表にもとづき、工事の位置、順序、方法等を指示し、かつ、工事の実施方法を監視して、これに適合しないものがあるときは、ただちに改造または改善させなければならないこと(第二一条)、工事監督員は、その工事の実施状況等必要な事項を毎日監督日誌に記入し、工事主管係長の閲覧を受けなければならないこと(第三五条)、工事検査のため指名された検査員は、その工事の着手から竣工までの間随時に検査を行うことができること(第三条が)それぞれ定められていること、右規程に基づき工事監督員楠根益徳は、前記のとおり水道局建設事務所に常駐し、月に半分は本件工事現場を見廻つていたこと、また、毎日の監督日誌を作成していたことが認められ、これに反する証拠はない。

右事実を綜合してこれをみるときは、被告北九州市は、前記請負契約による工事期間中も、その工事に対する指揮、監督および検査権限に基づき被告木村建設と共同して本件工事現場を事実上占有していたと認められる。したがつて、被告北九州市は、本件事故当時本件工事現場の一部である本件事故現場の穴を事実上占有していたものといわざるをえない。

(五) そこで、被告らは、それぞれ民法第七一七条一項本文により本件不法行為責任を負うべきところ、民法第七一九条に基づき共同不法行為者として、各自連帯して原告らに対しこれにより生じた損害を賠償しなければならない。

三過失相殺

(一)  信幸の過失

<証拠>によれば、信幸の住居付近には、さほど遠くない所に公園があること、信幸は、日頃原告らから本件事故現場の穴に転落すれば死亡してしまうかもしれない旨十分注意され、本件事故現場に近づくことを禁じられていたことが認められる。しかも、前記のとおり、本件事故当日は本件事故現場の穴は数日前の降雨で満水となり、また、右穴の周辺は泥土でぬかるみ到底子供の遊び場とは言えない状態であつたのであるから、信幸としては、右穴に近づけば、穴の周辺で滑るなどして満水の穴に転落する危険があることを予測し、原告ら両親の注意を守つて右穴に近づくことを避けるべきであり、万一穴に近づく場合には滑つたりして穴に転落することのないよう十分用心すべきであつた。そして、前記のとおり、信幸は、当時六歳の小学校に入学して間もない学童で、未だ教師から十分な安全教育を受けるに至つているとはいえいなものの、原告ら各本人尋問の結果によれば、信幸は小学校入学前は幼稚園に通園していたことが認められ、また、原告らにおいても前記のごとき注意をしていたのであるから、信幸は、右当時既にかなりの安全教育を施されていたものというべく、したがつて、信幸の年令であつても本件事故現場の穴に近づくことがいかなる危険を招来するかもしれないとの事理を弁識して、これに対処して行動しうる能力を有していたと考えるのが相当である。しかるに、信幸はこの点の注意を欠いて右穴に近づき、本件事故が発生したのであるから、信幸にも本件事故の発生につき過失があるものというべく、したがつて、本件事故による損害の算定につきこれを斟酌すべきは当然のことといわざるをえない。そして、信幸の本件事故に対する過失割合は、被告らの過失の程度を勘案すれば五〇パーセントであると考えるのが相当である。

(三)  原告らの過失

被告らは、原告らについても子供に対する監護義務を怠つた過失があると主張するが、前記のとおり、原告らは、信幸に対して本件事故現場の穴の危険性を指摘し、これに近づくことを禁止するなど一般的な注意を与えていたのであるから、前記のとおり、信幸が既に事理弁識能力を有する年令に達している以上、原告らとしては、右の一般的な注意の他に、さらに具体的に本件事故を防止すべき監護の措置を講じなかつたとしても、原告らに斟酌さるべき過失があつたものということはできない。

よつて、被告らのこの点に関する主張は理由がない。

四損害

(一)  信幸の損害

(1)  逸失利益

信幸が、当時六才の男子であつたことは、当事者間に争いがなく、第一二回生命表によると、六歳の男子の平均余命年数は63.63であるところ、<証拠>によれば、信幸は身体健康な子供であつたこと、信幸の父の原告宮崎哲夫は会社員として定職に就いていることが認められるから、信幸は、六九歳余になるまで存命し、その間少なくとも一八歳から六〇歳に達するまでの間何らかの職業に就いて収入をあげえたであろうことを推認できる。(原告らは信幸が六二歳に達する迄就労可能である旨主張するが、右の限度においてこれを認めるのが相当である。(しかして、労働省労働統計調査部編昭和四二年賃金センサス第一巻第一表により、昭和四二年四月当時の全産業労働者一人当りの平均月額賃金および平均年間賞与の額を、各年令帯毎にその年令帯の最終年度に達したときにその年令帯における合計額を受けとるものとして、ホフマン式計算法により年五分の割合による中間利息を控除して本件事故当時の現価を求めると、別表のとおり合計金一、〇六〇万〇、五〇〇円となる。そして、信幸の平均生活費としては右収入の五割を要するものと考えるのが相当であり、また、信幸は、本件事故時から一八歳に達するまでの一二年間、その養育費として相当の消費支出を免れず、右養育費は信幸の両親である原告らにおいて負担すべきものであるが、不法行為に基づく損害賠償の範囲を定めるにあたり依拠すべき衡平の理念に照らし、信幸の損害額を算定するに際して右費用を控除するのが相当である。そこで、総理府統計局昭和四三年全国平均家計調査報告によると、昭和四三年における一ケ月消費支出金額は全国全世帯一人当り平均金一万五、七〇〇円一〇〇円未満切りあげであり、これを基礎としてホフマン式計算法により年五分の割合による中間利息を控除して事故当時の現価を求めると、次の計算のとおり合計金一七三万六、一〇六円となり、信幸は右金員の消費支出を免れたことになる。

15,700円×12ケ月×9,215(12年のホフアン係数)=1,736,106円

したがつて、本件事故がなかつたならばうべかりし信幸の利益は、右金一、〇六〇万〇、五〇〇円から右の平均生活費および養育費を控除した残金三五六万四、一四四円となり、同人は本件事故により右利益を喪失する損害を蒙つたことになる。

(3)  相続

前記のとおり、原告らは信幸の両親であるから、原告らは信幸の相続人として、信幸の権利を二分の一宛相続した。

(二)  原告らの慰藉料

<証拠>によれば、信幸は、原告らの長男として出生し、本件事故の僅か数週間前に小学校に入学したばかりの明るい性格の子供で、原告ら両親においてその将来を期待していたこと、しかるに、本件事故により一瞬にしてその幼い生命が奪われ、原告宮崎カツはその場で卒倒する精神的打撃を受けるなど、信幸の不慮の死により原告らは悲痛なまでの精神的苦痛を蒙つたことが認められる。このような原告らの精神的苦痛に対する慰藉料としては、前記認定の被害者側の過失その他諸般の事情を斟酌すれば、各金五〇万円をもつて相当と認める。

(三)  弁護士費用

<証拠>によれば、原告らは、被告木村建設と本件事故による損害の賠償の支払方につき話合つたが、両者間の合意が成立するに至らず、弁護士たる原告ら訴訟代理人に依頼して本訴を提起し、右依頼に際して日本弁護士連合会の定める報酬規程の範囲内で報酬を支払う契約をなしたことが認められるが、本件訴訟の経緯、難易の程度、認容損害賠償額、双方の責任の割合その他諸般の事情に鑑み、被告に賠償せしめるべき弁護士費用としては、原告ら各金一五万円をもつて相当と認める。なお、弁護士費用の支払期について何らの主張立証がないので、これに対する遅延損害金の請求は認められない。

五結論

以上認定した事実にもとづき、原告らそれぞれにつき、信幸の逸失利益を相続した分に前記割合による過失相殺をし、これに各原告の慰藉料および弁護士費用を合算すると、原告らはそれぞれ金一五四万一、〇三六円の損害賠償請求額を取得したことになるから、原告らは、いずれも被告らに対し各自右金員およびこのうち金一三九万一、〇三六円に対する事故発生の日の翌日である昭和四四年四月二四日から支払済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求めることができる。

よつて、原告らの本訴請求は、右の限度において理由があるからこれを認容し、その余の部分は失当として棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条、第九三条を、仮執行の宣言につき同法第一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。

(矢頭直哉 三村健治 岩井正子)

別表1、2<略>

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